重箱のすみ

こんな世界で戦う7人のことを書きたくて

私、何も知らないけれど、Travis Japanを好きになってもいいですか? ―サマパラ後の雑感―

新規というのは、どこまで行ったら新規じゃなくなるのだろう。

今まできっと、何万もの人が悩んできたであろうこと。それこそ、「永遠の新規」という言葉もあるくらい不変の悩みであろうこと。

発表されてから3ヶ月、ずっとずっと楽しみにしていたSummer Paradise 2018、Travis Japan公演初日に入らせて頂いた直後、本当に楽しかったという気持ちは嘘ではないのに、どこかこういうことを考えてしまう自分がいた。

 

そもそも、私がTravis Japanのことをちゃんと認識したのは、2017年のさいたまスーパーアリーナで行われた、ジャニーズJr.祭りの追加公演だった。その時は岸くんが好きなお友達に誘ってもらって、私自身も岸くんやPrinceは大好きだったけれど、少クラは飛ばし飛ばしで見てたから、他のJrのグループはあんまりわかっていなかった。スノストはかろうじて全員名字言えるかな?らぶは半分言えるかな?みたいな。そしてトラジャが一番わからなかった。後から思い返せば、本当に、そんな状態でよく行ったものだと思う。自分が軽率に色々な現場に足を運ぶ人間で良かった。

それまで、「Travis Japanってダンス上手い人たちが集まってるグループなんだよね」程度の知識しかなかった。でも祭りで、色々なグループの後に披露された、 so Crazy。玉虫色の衣装で美しく柔らかく踊る姿に、衝撃を受けた。さいたまスーパーアリーナにいるのに、帝劇にいるような感覚だった。ターンの速さから指先の角度まできっちり揃ったダンスには、アイドルとしての枠を超えた繊細さや高貴さを感じて。それでも、駅員さんコスで山手線外回りをわちゃわちゃするところはやっぱりアイドルだった。多くのグループの中で、私がグループとして一番惹かれたのは、トラジャのパフォーマンスだった。

正直に言って、このJr.祭りの頃は、本当に色々な思いが爆発してしまって、「今ならオタ卒というものができるかもしれない」と思った頃だった。

(あんま楽しい話ではないですが詳しい話はこのへん

 拝啓、未来の私へ - 重箱のすみ

「私はあんなにつらかったのに」 - 重箱のすみ

そんな時、彼らに出会ってしまった。心震えるエンターテイメントの力を感じさせられてしまった。2016年初めからあんなにジャニーズ事務所に翻弄され続けたのに、ジャニオタを続けるのか?結局キスマイは降りるのか?なにも決まらない。なにもわからない。自分のことなのに決断できない。それでも、今このグループを見てみたいという気持ちと衝動は本物だ。とりあえず家に帰ってから、全員の名前を調べるところから始めました。

でもこの時点で、クリエの申し込みは終わっていたし、先に言ってしまうと、この後のキントレ、湾岸も落選してしまい、結局2017年中にトラジャ単独の現場に入ることはできなかった。

その間も実はずっとひそかに彼らの情報は追っていた。けれど、とにかく目まぐるしく状況が移り変わっていく。その度に、その場にいなかった私には何も言えないということと、ついて行くのが大変だという思いが募っていった。特に湾岸での松松加入をレポで知った時には、なんというか、これはもう無理かもしれないと思った。それまでJrに関してはキンプリのことくらいしか知らなかった私が、たった数ヶ月で、メンバーの名字も知らなかったグループのことを好きだといっているのがもはや奇跡に近いことだったのだ。しかしその好きになったグループがどんどん大きく変化していく。Jrというのは変化が激しいもので、そのたびに、本人もファンも色々な人の複雑な思いが大きな波の中にのまれて行く。私にはそういう世界で好きな人を応援していくんだというほどの覚悟があるのか?そういう甘い考えの中で、楽しい時だけ見て、楽しいところだけ享受するなんて、甘いんじゃないのか?……全くもってうまく表現できている気がしないんだけど、こんな感じのことを何度も何度も考えていた。

それでも、12月の少クラの放送で初めて見た新生7人の夢ハリ、そしてDWMが本当に素晴らしくて。やっぱりこの人達のパフォーマンスを見続けたいと思った。

そんな中で3月の横アリ単独祭りが発表される。外れ続けてきたトラジャ単独にやっと入れることになった。憧れ続けていた空間は、とても暖かくて。いろいろあっただろうに、いろいろあったということは一言も口にしない。自分達の気持ちはセトリとパフォーマンスから感じ取ってくださいと言わんばかりの堂々たる態度が、本当に力強かった。

そして彼らは全方向に対して優しかった。今までのトラジャを知っている人には、朝日くんや美勇人くんの歌割りを5人が受けついで大事にしていることが感じられたと思うし、トラジャに加入した後でも松松2人だけで大切歌う曲があったりして、今までどちらを応援してきた人でも、どちらの歴史も大切にしていることが感じられた。そして、そのどちらにも属しない私。私のような、最近ファンになった人にも、彼らは優しいと思った。こういう言い方が合っているかどうかわからないけれど、何も知らない人でも楽しかった。玉虫色の衣装が復活して、松松がそれを大切に着ているというのもわかったんだけど、例えばもしそういうことを知らなくても、きっと楽しかったと思う。彼らのストーリーを知らなくても、パフォーマンスだけで純粋に見せてくれて、そして過去を知らなくても強要しない、そういう優しさがあるなと感じられたんだ。

そこから、とらまるやYouTube配信で、素の彼らのことを知ることができるようになった。

これは本当に大きな変化だった。

私は横アリまでトラジャ単独公演に行ったことがなくて、それはもちろん彼らのパフォーマンスを見られなかったということが一番残念だったんだけど、実はそれと同じくらいもどかしいと思っていたのは、グループのメンバーだけの時はどんな雰囲気なのかわからないっていうことだった。少クラでもなかなかグループごとコーナーに呼ばれることはないし、雑誌のテキストを読んでいても彼らの実際の話すときの雰囲気を聞いていないとどういう感じかわからない。だから、グループ単位で動くことができるようになったっていうのは、私にはとっても新鮮で。トラジャの優しくて温かい雰囲気に、よくこういう男の子ばっかり集まったなあとまるでファンタジーの世界を見るかのように見ていて、次第に愛着がわいてきた。ただ、こういう機会があったからこそさらに彼らにハマってしまったんだけど、その一方で、逆に今までの彼らの素のMCの雰囲気を知らないからこそ一気にハマれたんだろうなとも思う。それを一度でも見てしまっていたら、また違う感情になっていたかもしれないし、昔からのトラジャのファンの方が昔の雰囲気を忘れられないのも無理はないだろうななどと思ってしまった。(……ちょっとこの話は蛇足だったかな。)

そんなわけでとにかく楽しみにしていた、今回のサマパラだった。長々と書いてしまったけどここでやっとこの文章の最初に戻る。今回のセトリでは、それぞれがPLAYZONEとSHOCKで学んできたものを持ち寄って、歴史が混ざり合い、さらに先を見据えているような、そんな雰囲気に感じられた。ただ、なんというか、少々強引にも感じられたというのも事実だった。3月の横アリが、複雑な気持ちのファンにも「大丈夫だよ、一緒に歩いていこう」と優しく寄り添って包み込んでくれるようなイメージだとしたら、サマパラは、「過去も未来も大事にするから全部ひっくるめて俺らについてこい!」と、強引に手を引かれるようなイメージで。

本当に楽しかったし、彼らのパフォーマンスに圧倒されて胸が打たれた、それは本当。でも、その一方で加速する新規病みターン。彼らの歴史を知らない人も優しく包み込んでくれた横アリとは違って、少々彼らの速さについていけないかもしれない、と申し訳なくも思ってしまったりして。そんなことを考えたくないと思っても、そう思う自分の心に嘘はつけないなというのもしょうじきなところで。

何も知らないくせに、プレゾン曲をカッコイイとか言う資格があるのかなって思っていた。それは昔からのファンの方の視線が気になるというところもあったけれど、それ以上に、そういうことを言ってしまう自分のことが許せないのが嫌だった。知ったかぶってる感じの自分が嫌だった。

新規というのは、どこまで行ったら新規じゃなくなるのだろう。他の人からの目線がどうこうと言うより、自分が、納得して、自信をもって、彼らのファンだといえるのはいつなのだろう。結局キスマイ担3年くらいやっててもそれが言えなかったような気もする。はあ。もう本当に、なんで私っていうのはこんなに自意識過剰なのか。誰も自分のことなんて見てないっつうの。それなのに。いつもいつも、新規病みターンに悩まされる。

 

ただ、自分が入れなかった日曜日・休演日の月曜日の2日間で、少し頭を冷やして、冷静になって初日のことを思い返してみて。そしたら、それでもやっぱり素敵だったなあ、カッコよかったなあって思ったんだ。最後の怒涛の舞台曲メドレー(メドレーじゃないけどそれくらい圧巻のつながり方だったということにしておいてください)、うみんちゅがケガをしてしまって6人での披露になってしまったのは残念だったけれど、美しくて高貴で、それなのに力強いあのダンスが頭から離れない。TDCホールにいるのに帝劇にいるかのような気持ちになって、全神経を舞台に集中させたいからペンライトを振るのももどかしくて電源を切って。その時に自分が感じたことが全てなのではないか?って。

そう思ってから入った21日昼公演。この公演から、ケガをしてしまったうみんちゅがほとんどの曲に出られるようになった。同行の方と、「次の曲も出れるー!!」と声を出して叫んだりして。うみんちゅに無理はしてほしくないけれど、でもやっぱりすごく嬉しかった。なんだろうな、私が初日に結構メンタルやられてしまっていたのは、うみんちゅのけがのことも大きかったんだなと、ここで気付かされたと言うか。それは、出られなかったうみちゃんを責めたいというわけではなくて。初日に見てるときに結構、「ああ、世の中って残酷だなあ…。きっとうみちゃんだってめっちゃ頑張って、この7人での初めての夏のためにずっと準備してきただろうになあ…。」みたいに思ってしまって。彼らにはまだ試練が続くのか、みたいに思ってしまって。そう思うのはしょうがないことではあるのかもしれないんだけど、そうやって、彼らの人生をストーリー消費している自分に対して引いてしまったと言えばいいのかな。(例えば小説だったら、映画だったら、フィクションだったら、波乱万丈で数々の試練があるほうが刺激的で面白くなるのかもしれない。でも、彼らの人生はフィクションではない。そんな中で、「試練がありながらも頑張る姿は残酷だけど美しいな」みたいなことを想ってしまって、そういうことを考えてしまう自分に引いてしまった。ただ、うみちゃんが復活してくれてからは、そういう過剰なストーリー消費をする自分に対して引かないで済んだというのはあったかな。

改めて7人のぴったり揃ったダンスを見て、あああ、最上級のエンターテイメントを今見させてもらっているなあって、しみじみと感じて。

これが全てなのではないか?今まで、それこそ、2017年4月のJr.祭りからずっとずっと、散々悩んできたこと。私は胸を張って彼らが好きだと言えるのか?すぐに好きって気持ちが切れはしないか?Jr.を応援するという今までやったことないことが本当にできるのか?

でもさ、もう、言っていいんじゃない?単独公演には外れ続けほとんど行ったことがない。去年の激動の人数変動は全部レポで知った。メンタルが死んでるのですぐに新規病みターンに入って自分を責めて死にそうになる。

それでも、気持ちに波はあれど、ずっとずっと、好きだと思い続けてきた。

大好きなんだ、ほんとに。私は何にも知らない。7人のことまだまだ何にも知らないし、いままでの歴史も体験してきてない。こんなんで好きとか言う資格あるのかなって本当に悩む。それでも、好きなんだよね、ほんとに。生で見たときの迫力と感動、忘れられないんだよ。

何にも知らない私ですが、Travis Japanのことを好きになってもいいですか?

 

18日昼公演、オープニングで舞台の幕がバッと降りた時に7人のキラキラ輝いてる姿を見て、ああずっと会いたかったよと泣きそうになったこと。

18日夜公演、全体が見渡せる席から圧巻のフォーメーションダンスを堪能させてもらったこと。

21日昼公演、うみちゃんが多くの曲に復活してくれて、今の7人を見られるありがたさと幸せを感じたこと。

22日昼公演、1バル最前という前に何も遮るもののないとんでもない視界で、彼らの表現をダイレクトに感じることができたこと。

3日間4公演、宝物でした。

あっという間の、でも忘れられない、素敵な夏でした。