重箱のすみ

こんな世界で戦う7人のことを書きたくて

このブログについて

はじめまして。さゆと申します。

13年間くらいゆるゆるとSMAPのお茶の間ファンをしていたのですが、2015年のはじめ、Kis-My-Ft2に突如ハマってしまいました。さらに、2017年ごろからジャニーズJr.のTravis Japanも気になり始め、2018年にその思いが爆発しております。ジャニーズの世界についてはいつまで経っても新参者ですが、いろいろと書きたいことが出てきたのでブログに思いの丈をぶつけております。

以前からファンの方は、「そんなことも知らないの?」「常識でしょ」という場面も多々あるかとは思いますが、温かい目で見守って下さると幸いです…>< 逆に、キスマイのことをもっと知りたくてこのブログに辿りついた方は、私のブログは本当に単なる一意見ですので、ぜひここだけではなくて色々な方のブログをお読み頂きたいなって思っております(何様発言ですみません)。

基本方針として、スターを付けて頂いた方には、その方のブログにおじゃまして、一番好きな記事にお返しスターを付けさせて頂こうと思っております。ただ時々、どなたまでお返しスターをしたかわからなくなってしまう時がありまして、その場合に見落としているかもしれませんがご了承ください。

Twitterは、さゆ (@mgmcnlife) 。テレビ実況、口悪い表現多めになっておりますので、お好みに合わせて、ブログと一緒にお楽しみください。

記事が増えてきたので、今まで書いた中で、たくさんスター頂いたものを中心にまとめさせていただきます。

 

SMAP解散騒動について

Let It Be ―ゆるゆるSMAPファン13年目の私が今思うこと― 

アイドルは誰の方を向くべきか?

拝啓、未来の私へ 

 

 

Kis-My-Ft2

この時代のチャンピオン

 そもそもなぜキスマイなのか

 

1番になれない人の物語 

「極端」だから、だからあなたが好き

   そもそもなぜ千賀健永なのか

 

君は心照らす太陽 

 舞祭組に対しての私の想い

 

デパートの屋上が似合うね 

 スーツ着て踊る4人は、一般社会の中にいるヒーローのようだった

 

わたしが勝手に選ぶ、千賀健永さんの印象的なコメント2015

   新しいことに挑戦する千賀さんのことを応援していきたい

 

 

アイドル考察系

朝井リョウ『武道館』を読んで ―なぜアイドルは恋愛を隠さなければいけないのか?― 

 たくさんのスターありがとうございます。

 アイドルファン初心者が考える、アイドルと恋愛。

 

『メンバー』という存在。

 彼らにしか手にする事の出来ない絆

 

ジャニーズ文化と "Me,We,Now" 

 「ジャニーズ」というだけで否定的に見られてしまうのはどうしてなんだろうねぇ。

 

テレビ番組・映画感想

ホントに見てない玉ヶ谷 ―改めてキスブサの魅力を考える―

 キスマイBUSAIKU!?の魅力を改めて考えてみます。

 

キスブサ アイススケート回(3/26分)感想

  やっぱりキスマイのローラースケートは本当に本当に強みだと思うので、こういう企画で定期的に世に出すべき。サブリミナル効果的に。

  

FNSうたの夏祭り雑感 ―2分半でハートを射抜け― 

 この日のキスマイは何だか神がかっていた。数年後伝説となる回を目撃してしまったかもしれない。 

 

SMAP×SMAP スマスマ初の大運動会スペシャル

 こちらはSMAPファンとしての感想の要素が強めです

 

彼らはこれからも時間を刻む ―映画『レインツリーの国』― 

  本当に素敵な作品で、いちキスマイファンとしてこの映画に出会えたことを嬉しく思います。

 

楽曲・アルバム

「11形態」に思うこと。 

 結局、多種売りってなにがダメなのか

 

私はなぜ「ドキドキでYEEEAAAHHH!!」が大好きなのかをひたすら語ります 

 想いが暴走しています

 

現場感想

DREAM BOYS(9/16) 初心者の雑感 

2015 CONCERT TOUR 『KIS-MY-WORLD』 ~9/18 @東京ドーム 雑感~ 

2015 CONCERT TOUR 『KIS-MY-WORLD』 ~9/20 @東京ドーム 雑感~ 

 

 

 

今後も随時追加していきます。よろしければお好みに合わせて、ごゆるりとお楽しみください^^

 

大いなる矛盾

私は以前から本当に、どうにも、噂話というのに疎い。彼らの不穏な話を知ったのは、今年のJr.祭り@横浜アリーナの直前だった。でも、まあ、不穏な噂が出ていたとしても、大阪のJr.祭りは特に変わったことはなかったみたいだし。そういうのは話半分で聞いておいた方がいいかな。

……そう思いながらも、心の奥底ではひっかかっていたみたいで。

3月24日土曜日。合同公演の開演前にグッズ売り場へ行く。Travis Japanのポスターと、お箸と(笑)、宮近くんのうちわをお願いする。売り場のお姉さんが商品を準備してくれて『以上でよろしいですか?』と聞く。その瞬間に思わず口走っていた。

「あっ…あと、ラブチューンのポスターもお願いします」

売り場のお姉さんは冷静に、『ラブトゥーンのポスターですね』と言って取りに行ってくれた。あー、恥ずかしい……。頭ではわかってるのに、反射的に言ってしまう。でも、表情一つ変えずにいてくれたお姉さんに救われた。

ああ、あれが最後になってしまった。私はもうちゃんとグループ名を発音して公式グッズを買うことすらできないのか。

正直に言って、あの瞬間、お姉さんに『以上でよろしいですか?』と言われた瞬間、「もしかしたらここで買わないともう買えなくなるのかもしれない」と思ってしまったから、だから言ってしまったのは、事実なんだけれども。

それが現実になると、こんなにもきついのかというのを、しみじみと実感してしまっている。

 

最初に言っておくと、私は本当に本当に、未だにJr.担を名乗る勇気すらない人で、もはやミーハーな一般人と言って差し支えないような、そういう人です。部外者極まりないので、偉そうなことは何も言えません。

なので私が何を言っても無駄だとはわかっていますが、昨日からどうにも頭がぐるぐるして、しんどくて、頭と心を整理しないと明日の生活もままならなくなりそうで。ミーハー一般人だからこそ思っていることを、とりあえず書いてみます。

 

どうしたって思い出してしまうのは2年前のことだった。

嘘でもいいから、何もなかったフリして、円満なフリしてくれればいいのに。

そんなこと無理だとはわかっているけれども、結局私が一番引っかかってしまうのはそこだった。

今回、ジャニーズJr.でありながらメンバーの退所に関するお知らせが正式に出たのは、ある種の革新的なことだった。それはやっぱり、ご丁寧な解散発表に関する文面が出てきた2年前のこととかぶる。

ちゃんと公表してくれるだけでも進歩だし、誠実であるという見方ももちろんあると思う。けれど、その一方で、ここに至るまでにどう見ても円満ではなかったのに、最後だけ円満な感じにするのもどうなのだろう。Love-tuneと彼らのファンが、今年のJr.祭りが終わった後から、一体どんな気持ちで過ごしてきたのだろうかと思うと本当にやりきれないし、その事実をかき消そうとしているように見えてならない。

そりゃ、事務所側にもいろいろと言い分はあるだろうと思う。けれど、2年前も今もそうだけれども、もう少し「何もなかったかのように見せる努力」というのをしていただきたいと思ってしまう。円満に見せる努力をしていただきたいと思ってしまう。そうしたら、それが嘘でも、ちょっとおかしいなと思っても、騙されたフリをすることができるのに。騙されたフリをしていたいのに。

 

もう一つ。

今回のメンバー退所に関する発表された文面の中には、こんな一文があった。

メンバー7名は、10代のころからジャニーズJr.として活躍してまいりましたが、20歳を過ぎ、一人の社会人としての将来を考えておりましたので…(後略)

「一人の社会人としての将来を考えておりましたので」というフレーズがどうにも気になってしまう。

もう、完全に憶測で、何の根拠もないのですが。例えば、彼らが「20歳を過ぎて、一体いつデビューできるのか」と聞いたとしたら。そして、それに対する明確な答えはなく、「とにかく頑張れ」というようなことを言われたとしたら?

 もちろんわかってる。いくらJr.として人気があっても、デビューできる確約なんてないことも。今までだって多くの人達が去って行って、でもだからこそデビュー組の輝きが一層増すことも。現役で活躍してるデビュー組だってたくさんいて、際限なく増やすことなんてできないし。それは頭ではわかってる。

でも、業界全体として考えた時にね。アイドルになりたい若い男の子をほぼ独占的に集め、育て、売り出す権利を持っている事務所が、その子たちの将来を保証できない、責任は取れない、というようなスタンスでいいのだろうかと思ってしまうんだ。Jr.としての立場でいろいろな活動をさせてあげていることはいいことだと思うけど、その一方で、飼い殺しのような状態をいつまで続けるのか。彼らが一人の社会人としての将来を考えた時に、安心して選んでもらえる場所・環境になってほしいのに…。なんて、それをどうやって実現するかもわからないのに、無責任かな。

 

頭と心の整理のために…と思ったけれど、結局全然うまく言えないし、まとまってなくてすみません。

でもこのごちゃごちゃしている感じこそが、偽りない私自身の心情なのだと思う。

2016年の一年間、本当にあらゆる情報に振り回され、情緒不安定になり、もうジャニーズから離れたい、絶対に離れようと思ったりした。けれどその翌年、2017年のJr.祭りにフラっと足を運んでしまい、あらゆるグループの多種多様な個性とパフォーマンスに楽しませてもらい、ささくれだった心が癒されて行くのを感じてしまった。

私はジャニーズ事務所のやり方を全肯定してるわけではないし、ひどいと思うことも多々ある。好きな人たちに対して、「別に彼らがジャニーズだから好きになったわけじゃないし」とか言い出したくなってしまう時もある。けれど、例えそんなことを言ったとしても、私は、ジャニーズだからこそできていることを見て好きになってるわけだからなあ。

そこがどうしても、自分の中で整理できない、大いなる矛盾になってしまっている。

本当は、もっと怒るべきなのかもしれない。これから他のグループだって、同じような事態に陥るかもしれない。っていうか、おこがましいのはわかっているけれど、SMAPの時からもっと言っていたら、もう少し何か、後輩達の環境も変わっていたのだろうかとか思ってしまう。

けれどそこで、どうしても「それぞれの言い分があるからどっちが悪いとは言い切れないよね」みたいな気持ちになって、一歩引いてしまう。それは何よりも、2016年の一年間で、実際に色んな状況を見て、自分自身の気持ちや考えが変わった経験があるからだ。本当はそんな、冷静なフリをして、大人ぶっている場合ではないのかもしれないのに。

私は結局、2年前からずーっと、同じことで悩んでいる。エンターテイメントの力は、良くも悪くも魔力だ。色々言ったって、ジャニーズのコンサートや舞台を見に行くことは、多分しばらくやめられないのだろう。それが客観的に見れば、事務所のやり方に加担していることになったとしても。

ずっと自分の中でうまく処理できていない、大いなる矛盾。

 

 

手前味噌で申し訳ないけれど、昨日、自分が2年前に書いたブログを読み返したりしていて。

mgmcnlife.hatenablog.com

 

今読み返してみると、なんだか、2年前の自分に救われるような気持ちになる部分も多々あるね。

今日、この記事を書いている時も、途中途中で強烈な虚無感に襲われた。

だって、「事務所にも彼らにもそれぞれの言い分があるだろうからどちらが悪いかなんて言い切れない」なんてさ、あまりにも普通のことすぎて。私ずーっと、普通のことしか言っていない。こんなの、『世の中には甘いものが好きな人も嫌いな人もいます』程度のことしか言っていない。もはや何も言っていないのと同じなのかもしれない。

私はその程度のことを、何を3時間もかけて必死に書いているんだろう。

でも、それでも。どんな人にも、どんな組織も、いいところもあるし悪いところもあるから、その情報を自分で判断して、自分で考えて、自分でどう捉えるか、決めていくしかないんだと思う。

複雑な事情に向き合う勇気を持つしかないんだと思う。

結局、それ以上の結論は見つからなかったから、今までもそうしてきたし、これからもそうするしかない。

 

 

紫色とオレンジ色のポスターの筒を抱えて入った、横浜アリーナの合同公演。いろいろなグループのパフォーマンスがあって、どれも楽しかったけれど、色んな曲があったけれど、Love-tuneだけで披露した曲に関してはもはや、CALLの記憶しかない。それしか覚えてない。

 

余りの迫力と余りの熱量で、「今日ここで死んでもいい」と言わんばかりのパフォーマンスだった。私はそれ見て、「今日…合同公演の横浜初日なのに…オーラスじゃないのに…ここまでやるんだ……」とあっけに取られてしまったことを思い出す。

「オーラスじゃないのに」って、いろいろな意味でひどい感想だなと思うけど(笑)、それが正直なところだった。

あれを一言で表現するなら…焦燥感というか、生き急いでる感というか。今は今しかないという感じだった。見ているだけでもなんだか、ハラハラしてしまった。

今となっては、あの時に彼らが何を思っていたのかなんて、わからないけれど。でも、それほどまでに私が感じ入ったのは事実だから。パフォーマンスを通して、人に何かの感情を与えるって、簡単にはできないことだと思うから。

ありきたりな言葉になってしまうけれど、彼らの進む道に幸あれ。そして、希望するところがステージの上ならば、どうか、その環境が整いますようにと、願ってやみません。

 

 

 

私は、事務所にも腹が立つところはあるし、メンバーにも頭に来たことはあるし、こんな形でSMAPが終わってしまうのは本当に残念だけれども、だからといってどちらか一方が全て悪いとは言えないし、

解散は本当に悲しいけれども、もう十分私達のために生きてくれたんだからそろそろ自分のために生きてほしいという気持ちもあるし、

どうしてこんなことになったんだって思うし、こんなに好きじゃなければこんなにつらい思いをすることもなかったんだろうかって思うこともあるけれど、それでも、私がSMAPを好きだった期間の思い出が全て消えてもいいかって言ったらそんなことはありません。

苦しいし、悔しいし、もどかしいけれど、私はきっとずっとSMAPが好きなのです。

きっと、未来の私――そう、今、これを読んでいる、あなたもそうでしょう?

 

今、何年ですか。あなたは今何をしていますか。SMAPの5人は元気ですか?

どんなに残念な最後になってしまったとしても、今まで好きだった歴史が変わるわけではない。SMAPに励まして支えてもらった私の人生が変わるわけではない。彼らの功績が消えるわけでもない。

あなたが、複雑さに向き合いつつも、今もSMAPのことを愛してくれていたら、私は嬉しく思います。

 

拝啓、未来の私へ - 重箱のすみ

 

私、何も知らないけれど、Travis Japanを好きになってもいいですか? ―サマパラ後の雑感―

新規というのは、どこまで行ったら新規じゃなくなるのだろう。

今まできっと、何万もの人が悩んできたであろうこと。それこそ、「永遠の新規」という言葉もあるくらい不変の悩みであろうこと。

発表されてから3ヶ月、ずっとずっと楽しみにしていたSummer Paradise 2018、Travis Japan公演初日に入らせて頂いた直後、本当に楽しかったという気持ちは嘘ではないのに、どこかこういうことを考えてしまう自分がいた。

 

そもそも、私がTravis Japanのことをちゃんと認識したのは、2017年のさいたまスーパーアリーナで行われた、ジャニーズJr.祭りの追加公演だった。その時は岸くんが好きなお友達に誘ってもらって、私自身も岸くんやPrinceは大好きだったけれど、少クラは飛ばし飛ばしで見てたから、他のJrのグループはあんまりわかっていなかった。スノストはかろうじて全員名字言えるかな?らぶは半分言えるかな?みたいな。そしてトラジャが一番わからなかった。後から思い返せば、本当に、そんな状態でよく行ったものだと思う。自分が軽率に色々な現場に足を運ぶ人間で良かった。

それまで、「Travis Japanってダンス上手い人たちが集まってるグループなんだよね」程度の知識しかなかった。でも祭りで、色々なグループの後に披露された、 so Crazy。玉虫色の衣装で美しく柔らかく踊る姿に、衝撃を受けた。さいたまスーパーアリーナにいるのに、帝劇にいるような感覚だった。ターンの速さから指先の角度まできっちり揃ったダンスには、アイドルとしての枠を超えた繊細さや高貴さを感じて。それでも、駅員さんコスで山手線外回りをわちゃわちゃするところはやっぱりアイドルだった。多くのグループの中で、私がグループとして一番惹かれたのは、トラジャのパフォーマンスだった。

正直に言って、このJr.祭りの頃は、本当に色々な思いが爆発してしまって、「今ならオタ卒というものができるかもしれない」と思った頃だった。

(あんま楽しい話ではないですが詳しい話はこのへん

 拝啓、未来の私へ - 重箱のすみ

「私はあんなにつらかったのに」 - 重箱のすみ

そんな時、彼らに出会ってしまった。心震えるエンターテイメントの力を感じさせられてしまった。2016年初めからあんなにジャニーズ事務所に翻弄され続けたのに、ジャニオタを続けるのか?結局キスマイは降りるのか?なにも決まらない。なにもわからない。自分のことなのに決断できない。それでも、今このグループを見てみたいという気持ちと衝動は本物だ。とりあえず家に帰ってから、全員の名前を調べるところから始めました。

でもこの時点で、クリエの申し込みは終わっていたし、先に言ってしまうと、この後のキントレ、湾岸も落選してしまい、結局2017年中にトラジャ単独の現場に入ることはできなかった。

その間も実はずっとひそかに彼らの情報は追っていた。けれど、とにかく目まぐるしく状況が移り変わっていく。その度に、その場にいなかった私には何も言えないということと、ついて行くのが大変だという思いが募っていった。特に湾岸での松松加入をレポで知った時には、なんというか、これはもう無理かもしれないと思った。それまでJrに関してはキンプリのことくらいしか知らなかった私が、たった数ヶ月で、メンバーの名字も知らなかったグループのことを好きだといっているのがもはや奇跡に近いことだったのだ。しかしその好きになったグループがどんどん大きく変化していく。Jrというのは変化が激しいもので、そのたびに、本人もファンも色々な人の複雑な思いが大きな波の中にのまれて行く。私にはそういう世界で好きな人を応援していくんだというほどの覚悟があるのか?そういう甘い考えの中で、楽しい時だけ見て、楽しいところだけ享受するなんて、甘いんじゃないのか?……全くもってうまく表現できている気がしないんだけど、こんな感じのことを何度も何度も考えていた。

それでも、12月の少クラの放送で初めて見た新生7人の夢ハリ、そしてDWMが本当に素晴らしくて。やっぱりこの人達のパフォーマンスを見続けたいと思った。

そんな中で3月の横アリ単独祭りが発表される。外れ続けてきたトラジャ単独にやっと入れることになった。憧れ続けていた空間は、とても暖かくて。いろいろあっただろうに、いろいろあったということは一言も口にしない。自分達の気持ちはセトリとパフォーマンスから感じ取ってくださいと言わんばかりの堂々たる態度が、本当に力強かった。

そして彼らは全方向に対して優しかった。今までのトラジャを知っている人には、朝日くんや美勇人くんの歌割りを5人が受けついで大事にしていることが感じられたと思うし、トラジャに加入した後でも松松2人だけで大切歌う曲があったりして、今までどちらを応援してきた人でも、どちらの歴史も大切にしていることが感じられた。そして、そのどちらにも属しない私。私のような、最近ファンになった人にも、彼らは優しいと思った。こういう言い方が合っているかどうかわからないけれど、何も知らない人でも楽しかった。玉虫色の衣装が復活して、松松がそれを大切に着ているというのもわかったんだけど、例えばもしそういうことを知らなくても、きっと楽しかったと思う。彼らのストーリーを知らなくても、パフォーマンスだけで純粋に見せてくれて、そして過去を知らなくても強要しない、そういう優しさがあるなと感じられたんだ。

そこから、とらまるやYouTube配信で、素の彼らのことを知ることができるようになった。

これは本当に大きな変化だった。

私は横アリまでトラジャ単独公演に行ったことがなくて、それはもちろん彼らのパフォーマンスを見られなかったということが一番残念だったんだけど、実はそれと同じくらいもどかしいと思っていたのは、グループのメンバーだけの時はどんな雰囲気なのかわからないっていうことだった。少クラでもなかなかグループごとコーナーに呼ばれることはないし、雑誌のテキストを読んでいても彼らの実際の話すときの雰囲気を聞いていないとどういう感じかわからない。だから、グループ単位で動くことができるようになったっていうのは、私にはとっても新鮮で。トラジャの優しくて温かい雰囲気に、よくこういう男の子ばっかり集まったなあとまるでファンタジーの世界を見るかのように見ていて、次第に愛着がわいてきた。ただ、こういう機会があったからこそさらに彼らにハマってしまったんだけど、その一方で、逆に今までの彼らの素のMCの雰囲気を知らないからこそ一気にハマれたんだろうなとも思う。それを一度でも見てしまっていたら、また違う感情になっていたかもしれないし、昔からのトラジャのファンの方が昔の雰囲気を忘れられないのも無理はないだろうななどと思ってしまった。(……ちょっとこの話は蛇足だったかな。)

そんなわけでとにかく楽しみにしていた、今回のサマパラだった。長々と書いてしまったけどここでやっとこの文章の最初に戻る。今回のセトリでは、それぞれがPLAYZONEとSHOCKで学んできたものを持ち寄って、歴史が混ざり合い、さらに先を見据えているような、そんな雰囲気に感じられた。ただ、なんというか、少々強引にも感じられたというのも事実だった。3月の横アリが、複雑な気持ちのファンにも「大丈夫だよ、一緒に歩いていこう」と優しく寄り添って包み込んでくれるようなイメージだとしたら、サマパラは、「過去も未来も大事にするから全部ひっくるめて俺らについてこい!」と、強引に手を引かれるようなイメージで。

本当に楽しかったし、彼らのパフォーマンスに圧倒されて胸が打たれた、それは本当。でも、その一方で加速する新規病みターン。彼らの歴史を知らない人も優しく包み込んでくれた横アリとは違って、少々彼らの速さについていけないかもしれない、と申し訳なくも思ってしまったりして。そんなことを考えたくないと思っても、そう思う自分の心に嘘はつけないなというのもしょうじきなところで。

何も知らないくせに、プレゾン曲をカッコイイとか言う資格があるのかなって思っていた。それは昔からのファンの方の視線が気になるというところもあったけれど、それ以上に、そういうことを言ってしまう自分のことが許せないのが嫌だった。知ったかぶってる感じの自分が嫌だった。

新規というのは、どこまで行ったら新規じゃなくなるのだろう。他の人からの目線がどうこうと言うより、自分が、納得して、自信をもって、彼らのファンだといえるのはいつなのだろう。結局キスマイ担3年くらいやっててもそれが言えなかったような気もする。はあ。もう本当に、なんで私っていうのはこんなに自意識過剰なのか。誰も自分のことなんて見てないっつうの。それなのに。いつもいつも、新規病みターンに悩まされる。

 

ただ、自分が入れなかった日曜日・休演日の月曜日の2日間で、少し頭を冷やして、冷静になって初日のことを思い返してみて。そしたら、それでもやっぱり素敵だったなあ、カッコよかったなあって思ったんだ。最後の怒涛の舞台曲メドレー(メドレーじゃないけどそれくらい圧巻のつながり方だったということにしておいてください)、うみんちゅがケガをしてしまって6人での披露になってしまったのは残念だったけれど、美しくて高貴で、それなのに力強いあのダンスが頭から離れない。TDCホールにいるのに帝劇にいるかのような気持ちになって、全神経を舞台に集中させたいからペンライトを振るのももどかしくて電源を切って。その時に自分が感じたことが全てなのではないか?って。

そう思ってから入った21日昼公演。この公演から、ケガをしてしまったうみんちゅがほとんどの曲に出られるようになった。同行の方と、「次の曲も出れるー!!」と声を出して叫んだりして。うみんちゅに無理はしてほしくないけれど、でもやっぱりすごく嬉しかった。なんだろうな、私が初日に結構メンタルやられてしまっていたのは、うみんちゅのけがのことも大きかったんだなと、ここで気付かされたと言うか。それは、出られなかったうみちゃんを責めたいというわけではなくて。初日に見てるときに結構、「ああ、世の中って残酷だなあ…。きっとうみちゃんだってめっちゃ頑張って、この7人での初めての夏のためにずっと準備してきただろうになあ…。」みたいに思ってしまって。彼らにはまだ試練が続くのか、みたいに思ってしまって。そう思うのはしょうがないことではあるのかもしれないんだけど、そうやって、彼らの人生をストーリー消費している自分に対して引いてしまったと言えばいいのかな。(例えば小説だったら、映画だったら、フィクションだったら、波乱万丈で数々の試練があるほうが刺激的で面白くなるのかもしれない。でも、彼らの人生はフィクションではない。そんな中で、「試練がありながらも頑張る姿は残酷だけど美しいな」みたいなことを想ってしまって、そういうことを考えてしまう自分に引いてしまった。ただ、うみちゃんが復活してくれてからは、そういう過剰なストーリー消費をする自分に対して引かないで済んだというのはあったかな。

改めて7人のぴったり揃ったダンスを見て、あああ、最上級のエンターテイメントを今見させてもらっているなあって、しみじみと感じて。

これが全てなのではないか?今まで、それこそ、2017年4月のJr.祭りからずっとずっと、散々悩んできたこと。私は胸を張って彼らが好きだと言えるのか?すぐに好きって気持ちが切れはしないか?Jr.を応援するという今までやったことないことが本当にできるのか?

でもさ、もう、言っていいんじゃない?単独公演には外れ続けほとんど行ったことがない。去年の激動の人数変動は全部レポで知った。メンタルが死んでるのですぐに新規病みターンに入って自分を責めて死にそうになる。

それでも、気持ちに波はあれど、ずっとずっと、好きだと思い続けてきた。

大好きなんだ、ほんとに。私は何にも知らない。7人のことまだまだ何にも知らないし、いままでの歴史も体験してきてない。こんなんで好きとか言う資格あるのかなって本当に悩む。それでも、好きなんだよね、ほんとに。生で見たときの迫力と感動、忘れられないんだよ。

何にも知らない私ですが、Travis Japanのことを好きになってもいいですか?

 

18日昼公演、オープニングで舞台の幕がバッと降りた時に7人のキラキラ輝いてる姿を見て、ああずっと会いたかったよと泣きそうになったこと。

18日夜公演、全体が見渡せる席から圧巻のフォーメーションダンスを堪能させてもらったこと。

21日昼公演、うみちゃんが多くの曲に復活してくれて、今の7人を見られるありがたさと幸せを感じたこと。

22日昼公演、1バル最前という前に何も遮るもののないとんでもない視界で、彼らの表現をダイレクトに感じることができたこと。

3日間4公演、宝物でした。

あっという間の、でも忘れられない、素敵な夏でした。

 

サザンオールスターズの新曲『壮年JUMP』を聴いて2時間泣き続けた

7月25日水曜日。私は久しぶりに時間があったので、フジテレビの「FNSうたの夏まつり」をなんともなしに見ていた。今年はキスマイも出演しなかったので、特に誰を目当てに見るというわけではなかったのだが、King&Princeのキラキラ感に癒されたり、ミュージカルメドレーの迫力に心が踊ったりして、とても楽しく視聴していた。

その番組のトリはサザンオールスターズ。『東京VICTORY』と『壮年JUMP』を披露だった。その2曲目、壮年JUMP。ポップで爽やかなのに、どうしようもなく懐かしく切なくなる。その曲調に心を打たれて、そして歌詞が響いて、胸がいっぱいになって。私は気付いたら泣いていた。

なんともなしに、つけっぱなしのテレビをぼんやり見ていただけのつもりだったのに。気付いたら涙が止まらなくなっていた。

録画もしていなかったので、見返すこともできない。サイダーのCMで聴いたことあるような気がするから、サビだけは知っている。けれどそれ以上のことはわからなくて、慌ててこの曲のことを調べた。そしたら、今度発売される新アルバムに収録予定の新曲だということがわかった。まだアルバムは発売されていないけれど、先行配信はされている。もう、衝動的に、反射的に、ダウンロードした。

そしてもう一回聴いて、さっきよりさらにさらに泣いてしまった。20歳を超えてからこんなに泣いたの初めてなんじゃないだろうか。就職活動がうまくいかなかった時だってこんなに泣かなかった。

SMAPが解散した時だってこんなに泣かなかった。

なんだか、2016年から自分の心の中で渦巻いていた、色々な人に対する、色々な思いが、爆発してしまったかのようだった。抑え込んでいた色々な気持ちが、ついに入れ物から溢れ出してしまったかのようだった。何度も何度もリピートして聴いて、そのたびにより一層泣いていた。さすがに1時間くらい経ったら、頭は冷静になってきて、「明日も仕事だぞー、そろそろ寝ないとヤバいぞー」と 思うのに、それでも涙は止まらない。結局、2時間くらい泣き続けて、やっと寝付けたのは深夜2時だった。

 

ちなみに、私がダウンロードしたその後、公式ミュージックビデオ(MV)が公開になった。MVも色々な意味で素晴らしいのですが(笑)、まだこの曲を聴いたことない方がいらっしゃったら、まずは歌詞を見ながら曲だけ聴くのを個人的にはお勧めさせていただきます。MVを一回見ると、イメージがそれに固定化されちゃいそうだからね。

歌詞はこちら。

http://j-lyric.net/artist/a000623/l048146.html

www.youtube.com

 

そもそも、私は7月25日のFNSでこの曲を初めて聴いたのだが、それ以前にもサザンは多くの音楽番組でこの曲を披露し、その度にSNSなどで話題になっていたらしい。私は最近、長時間歌番組を全然チェックできていなかったので、そのことも全然知らなかった。

だから、ファンの皆様や、当初からこの曲に注目していた皆様にとっては「今更なに?」みたいなところも多々あるかと思いますが、お許しいただけると嬉しいです。

この曲は、発表された当初から、桑田さんが西城秀樹さんをイメージして作った楽曲ではないかと言われていた。同じ時代に日本の音楽業界、芸能界を駆け抜けた仲間の逝去に対して、桑田さんが思うところを表現したのではないかと思われるようなフレーズが出てきたりする。

しかしこの曲のすごいところは、「桑田さん自身が憧れの人に向けて書いた曲」と捉えられるのと同時に、「一人の人間が憧れの人に向けて抱く感情」という、いつの時代にも通じる普遍的な思いを歌っていると考えられるところだ。それを象徴するかのように、この曲のミュージックビデオでは、それぞれの年代をリードしたアイドルをイメージした装いの女性たちが登場する。

そんなわけで、一般人の私は、一般人の私が感じた、この曲の解釈や、イメージした風景を書いてみたいと思います。

 

 

1番はまさに、なんでもない一般人であるこのストーリーの主人公と、憧れの人であるアイドルとの出会いを語っている。「目の前に神が降りた」という歌詞はまさにその象徴だ。自分が応援したい人と出会った時って、雷に打たれたように、衝動的に、この人しかいないと思うようになるものではないだろうか。

そのあとの「今、僕は生きている」も最高にいい。現場で、好きな人を見ながら、大声を出して盛り上がっている時、自分の感情がMAXに引き上げられる時。「今、生きてるなー!!」って感じられるよね(笑)

 

ところが2番からは急に雰囲気が変わる。 

 「青春の陽は燃え尽きたんだな」「こんなにお別れが辛いとは」で、この人の応援していたアイドルが、引退してしまったり、解散してしまったりして、もう見られなくなってしまった様子を想像させられる。

「僕は1人で歩くのさ」も本当に切ないけれど、アイドルに全力をかたむけてきたファンの気持ちを、シンプルな言葉で的確に表現してくれている。そりゃ、もちろん、自分の好きなアイドルと、今までずっと物理的に隣にいたわけではない。けれど、落ち込んでる時に曲を聴いたり、DVDを見たり、「今日の仕事を頑張れば夜は楽しみにしていたテレビ番組の放送だぞ」って思いながら自分を奮い立たせたり。そういうのって、物理的に離れていたとしても、「一緒に人生を歩いてきた」「アイドルのおかげでここまで頑張れた」って思うものじゃないだろうか。

それが、なんらかの理由でもうかなわなくなってしまい、この物語の主人公はこれから、1人で人生を歩いていかなければならなくなった。でも、この主人公は、そのことに対して、寂しさは感じているけれども、後悔はしていないようだ。「夢ありがとうグッバイ」といい、そして最後にもう一度「僕はメロメロ」という。たとえ、自分の見えるところからいなくなってしまったとしても、アイドルはアイドルであり続けるんだろうなと思う。

桑田さんは、8月8日に放送されたNHKの番組、『クローズアップサザン』で、このように述べていた。

アイドルの許容範囲っていうのは…喜びから悲しみまで全部引き受けるのがアイドル。その辺のエネルギーが、ものすごく強いなと思って。

人前に立つ職業の中でも、特にアイドルは、その人自身が商品である。その特殊性や、だからこそ持つパワーを、表現したいと思っていらっしゃったのかもしれない。

ただ、この曲で歌っている「アイドル」は、アイドルという仕事に限定されるものではなくて。例えば、俳優さんや女優さんや、声優さんや、あるいはスポーツ選手や……。そうやって、人前に出る仕事、誰かの憧れの対象になる人に向ける気持ちは、共通するものがあるし、そういう人達を応援する人にとっても響くものがあるのではないだろうか。

 

実は、私がこの曲で一番響いたフレーズがある。

一般的に見れば、最後の「夢ありがとうグッバイ」のフレーズが、強烈なインパクトだし、私もそこはもちろん好きだ。

でも実は、その前の部分で。

 円になって肩寄せあったライバル ライバル

また逢うまでは達者でな

このフレーズ、みなさんはどんな場面を想像するのだろう。

この場面、桑田さんが西城秀樹さんに向けた歌詞だとすれば、同じ時代を彩ってきたライバルへの別れの言葉として捉えられるだろう。じゃあ、アイドルが好きな一般人のストーリーとすれば、どんなことを思い浮かべるだろうか。

色々な解釈があると思うけれど、私はね、女子アイドルの現場で、コンサートホールから出たところで、いつもの仲間で集まっている男性ファンの方達を想像したんだ。

彼らはまさに、円になって肩寄せ合ったライバル。今までは、仲間だけれども、それと同時にライバルで、自分の応援している子に、自分を見つけてほしくて争っていた。

でもその子がついに卒業、引退ライブを迎える。コンサートホールから出て、いつもの仲間で集まって、涙ぐむ人もいて。ライバルとはいえ、このメンバーで集まってワイワイ盛り上がるのも楽しかった。だけどそれも今日で最後だ。推しが引退しちゃうから。このライバル達と会うことも少なくなるだろう。

「また会うまでは達者でな!」

 

……って、私はね、そんな場面を想像したんだ。ちょっと想像を膨らませすぎだろうか?(笑)

彼らはきっと、たくさんの寂しさはあるだろうけど、そのアイドルに出会えたことを後悔はしてないんじゃないかなって。「夢ありがとう」「また会うまでは達者でな」って、最後は笑顔で、それぞれの生活に戻っていくような、そんな感じなんじゃないかな。そんなシーンを想像したんだ。

SMAPの解散や、安室奈美恵さんの引退や、渋谷すばるくんの関ジャニ∞脱退や、まゆゆ、さや姉など女子アイドルの卒業や……。

この曲は、多くの「ファン」の切なさやもどかしさを拾いあげながらも、それでも誰かのファンになることの美しさを歌ってくれている。だからこそこんなに、普遍性があり、聴く人それぞれに響く曲になっているのではないだろうか。

 

私はずっと、小学生の時からずっと、誰かの「オタク」をやっていました。(ここでは、「濃いファン」「熱心なファン」のことを「オタク」と呼んでみます。バカにする意味合いは一切ないのですが、あえて「オタク」と呼んでみます。)

本当は、何度も思ったことがある。

「オタクじゃない人生を選んだらどうなっていたんだろう」って。

今までも時々言われたことがある。「実際に付き合えるわけでもない人のことがどうしてそんなに好きなの?」とか、「そんなにコンサートに何回も行ってどうなるの?」とか。

自分の中では、そういう言葉に反論する言葉は持っている。けれど、時々そういう意見に引っ張られそうになる。

もし、オタクじゃなかったら?

もしオタクじゃなかったら、その分の時間を他のことに使えていたかもしれない。その空いた時間で資格の勉強すればキャリアアップができるかもしれないし、婚活に励めば結婚できるかもしれないし!?!?

私はただ、楽しくアイドルを応援していただけと思っていたのに、気付けばその分、色々なものを選ばずに来てしまった。違う自分になる選択肢を選ばずに来てしまった。

オタクじゃない人生の方が、一般的なイメージの「成功」や「幸せ」が手に入りやすいんじゃないかって、

本当は、何度も思ったことがあるんだ。

 

それでも、やっぱり、アイドルを好きになるって、こんなに好きな人がいるって、幸せなことだと思うんだ。

今まで、何度かブログにも書いてきましたが。

私は、小学生の時にSMAPを知り、人生で初めてCDを買いました。テレビ番組も毎週録画して、スマスマの月曜日を楽しみに一週間を頑張りました。私に「ファンとしての生き方」みたいなものを教えてくれたのはSMAPでした。

それから、いろんなジャンルのいろんな人を好きになった。すぐ目の前の人のエネルギーを感じられる、生のコンサートや演劇が大好きになり、軽率に現場に足を運ぶタイプのオタクになってしまった。

テレビやラジオや雑誌や、その人のパフォーマンスや作品が見られる日を楽しみにして、「今日のテストが終わったらあの番組が放送されるから頑張ろう」「今日の仕事が終わったらDVDのフラゲ日だから頑張ろう」って、そうやって、毎日を必死に生きてきた。

オタクじゃない人生だったら、もっと他の選択肢があったのかもしれないけど、私はこうじゃなきゃ生きて来れなかったと思うんだ。

小説やアニメではなく、生身の人間――言い方が正しいかどうかわからないけれど――「3次元」の人を応援するのは、自分の気持ちと相手の気持ちが噛み合わないと、なかなかうまくいかない。大変だけれど、やっぱりそれによって感じられる喜びや感動の大きさに、一度ハマったら抜け出せないんだよね。

時には、「ファンがこんなに尽くしているのになんでわかってくれないの!?」みたいな感情になってしまうこともある。 

どんなに好きでも、卒業や引退や解散や、アイドルの大切な決断に、ファンはなんら関わることはできなくて。その度に、やるせなさや無力感を感じたりする。

それでも、それでもやっぱり、

誰かを好きになるのはやめられない。

 

 

公式MVの最後の場面。サザンのメンバーの後ろで、笑顔で歌い踊るオタクの人たちを見ながら、今年のAKB選抜総選挙での岡田奈々のスピーチを思い出していた。

48グループオタクのみなさん!一つ言わせてください。

自信を持ってオタク人生を貫いてください!

AKB48岡田奈々のメッセージに会場沸く「自信を持ってオタク人生を貫いて」 | マイナビニュース

 

 

 

 

(書くにあたって参考にさせて頂いた記事一覧)

サザン、安室奈美恵やSMAPを彷彿とさせる新曲「壮年JUMP」が大反響 歌詞にある普遍性を考察 - Real Sound|リアルサウンド

 

 

星野源、サザン新曲「壮年JUMP」を語る 「本当にいい歌詞なんですよね」 - Real Sound|リアルサウンド

 

今日のうた - 歌ネット

 

「私はあんなにつらかったのに」

(はじめにお断りさせていただきますが、最近ざわざわしている件に関して、誰のどんな意見も聞きたくない、余計な情報を入れたくないという方は、お読みにならないことをお勧めさせていただきます。「最近ざわざわしてる件ってなに?」っていう方もスルー推奨です。あと、自分の気持ちを整理するために書いてるので、自分の気持ちがすっきりしたと思ったら後から消しちゃうかもしれません。お許しください)

 

 

突然だけど、やっぱり、若い時からジャニオタだった方と、20代も後半に差し掛かろうというときにジャニーズの世界に本格的に足を踏み入れた私は、根本的に考え方が違うんだと思う。

もちろん、個人差があるので、すべての人がそうだとは言わない。けれど私は以前から、ジャニオタの皆様の、ジャニーズアイドルにおける恋愛に対しての意識が、本当に厳しいものなんだなというのを常々感じていた。もちろん私も、アイドルが女性と堂々と街を歩いているところをツーショット撮られるようなことがあったら当然嫌な気持ちになってしまう。彼女がいることなんてわかってるけど、その相手が見えてしまうと生々しくなってしまう、隠してくれという気持ちは当然だと思う。

けれど、ここからはもう共感してもらえない人も多いと思うんだけど、私はそれが気を付けててもバレてしまったのなら、もうしょうがないって思ってしまうタイプの人間なのだ。つまり、バレるかどうかという「結果」よりも、隠す努力をしていたかという「過程」の方に重きを置いていると言ったらいいだろうか。だから私は、2015年に藤ヶ谷さんが色々あった時に、あんなに責められるのがちょっとわからなかった。ツーショット撮られたわけでもなし、決定的な証拠が出てくるわけでもなし、お互いブログなどで匂わせてるわけでもなし。それでもこんなに責められるものなんだというのは、私にとっては一種のカルチャーショックだった。そっか、みなさんこんなに厳しいんだな。

 

ここまで書いたら大体私が何を言いたいのかはわかっていただけたかと思いますが、そんなわけで今回は結構ダメージが大きいです。それは「結果」は言わずもがな、その「過程」において、「隠そうとする努力」が見えないと感じられてしまったからです。

こんなこと言ってると、お前2015年は他にも10月くらいに色々あっただろ*1、自担には甘いんかと思われてしまうかもしれませんが、あれは本当に付き合っているのかどうかは別として、いわゆる闇写を根拠にしていたというところが大きいんです。スマホのケースなんて本来だったらファンには見えないところだし、厳しい意見の方が、盗撮された写真を根拠に責め立てるのは、自分も悪いことをしているのにそれを差し置いて人の悪事を責め立てているような違和感があった*2。私の中では、努力が足りないとは思っていなかった。本当に付き合っているのかどうかは別としてね*3。(でもまぁ、これは自担に甘いと言われても仕方ないとは自覚しています。)

けど、今回はどうだろう。次から次へと出てくる情報や画像は、気を付けていたとは思えないもの。ほとんどが当人達から発信されたもの。私、自分で言うのもなんだけど、アイドルの恋愛に関しては、他の方に比べれば相当ハードルが低いほうだと思うよ。だって、結果的にバレたとしても、本人が気を付けてたと感じられれば、多少ショックはうけるけど、しょうがないよねって思っちゃうんだもん。気を付けていたのに結果的に暴かれちゃってかわいそうだなって思っちゃうんだもん。甘いって思われるかもしれないけど、これが本当に私の考え方なんだよ。でも、そんな私の低いハードルでも許せないって思うことが出てきてしまったのは本当に残念だよ。

 

彼女を作るななんて言わないし、女性と遊ぶななんて言わない。そんなこと言う権利は私にはない。

でもさ、でもさ。去年大きな変動があって、キスマイはこれからどうなるんだろうって、もどかしくて、苦しくて。中止になったお仕事もあるし、新規のお仕事はなかなか入ってこない。彼らにSMAPと同じような苦労を味わってほしくはない。ヤキモキしたけれど、私が貢献できることはお金を払うことしかなくて。だから去年発売されたCDもDVDも全形態買ってるよ。それは、貢ぐと言う感覚じゃなくて、素晴らしい作品を提供して頂いた対価を支払っていたという感覚なので、後悔はないし、お金を返せなんて言わない。けれど、こちらのそういうヤキモキが伝わってなかったのかなって思ってしまうことが悲しいんだ。

キスマイがずっと続いていくグループになるようにって、もっとたくさんの人に愛されるグループになるようにって。そういう願いを込めて作品を買っていたし、作品でもテレビでも、いいところはどんどんつぶやいて、少しでも反響が伝わればいいなって思ってたのに。支えているなんて大げさだとはわかっているけど、せめてこの気持ちが届いたらいいなって思ってたのに。

恋愛してないわけがないけど、それがバレてしまうか、バレるにしてもどうやってバレるか、それによって離れたり冷めたりするファンの方もいらっしゃるでしょう。そうすると売り上げが変わってしまう。売れなくなるとリリースのペースが落ちてしまう。そうすると一般層が知る機会が減ってしまう。新規ファンの流入が少なくなってしまう。さらに売り上げが減ってリリースのペースが落ちてしまう。一回そういうペースに入ってしまったら、なかなかそこから抜け出すのは難しい。そうなったら国民的なんて夢のままで終わってしまうと思うんだけどな。こんなこと、私がわざわざ言わなくても十分わかってくれてると思ってたんだけどな。

私は去年一年間、あんなにつらかったのに。こちらがどんなに好きでも、どんなに結果を残していても、事務所の一存で冷遇されてしまう可能性だってあるかもしれない。キスマイがどうか冷遇されないようにってずっと願って、ヤキモキして、苦しくて。私はあんなにつらかったのに、その時に当人は楽しそうだったなんて。いや、女性と遊んでて楽しそうなのは別にいい。お仕事している以上そういうオンオフの切替も大切でしょう。でもそれをみんなに見えるようにするなんて。冷遇されても仕方ない環境を自ら作るなんて。

この世に永遠なんてないし、絶対なんてない。当たり前のように感じられることは、日々の膨大な努力によって支えられているものだし、それには本当に感謝している。だからこそそこが緩んでしまったらすぐに崩れてしまうし、そうなったらファンにできることなんて何にもないことをわかってほしい。

私はあんなにつらかったのに。

 

これが偽らざる私の気持ちなんだけど、でも、まぁ、冷静になって考えてみると「私はあんなにつらかったのに」「あなたも同じ気持ちでいると思ってたのに」って、文字で見るとヤバいよね。 だいぶヤバい。これは自分の感情の押し付けだ。強制だ。

それこそ去年一年で、あんなに学んだじゃないか。人は自分の思うようにはならない。ファンが思うこととアイドルが思うことが一致するとは限らない。何かあった時にファンにできることなど何もないと。自分の想いを託しすぎたり、依存しすぎたり、そういう好きになり方は良くないってわかってたじゃないか。

もうやめよう。最近ずっと、色々なことを考えていた。特に、3/1に発売されたニューシングル『INTER』の売上が思ったより伸びなかったという事実について。もちろん、そうは言っても、オリコン初動(発売一週目の売上)で20万枚を超えているというのは本当にすごいことだ。だけど、どうしたって事務所内の他のグループと比べられてしまうし、そこではもっと結果を残せないと認めてもらえないのかもしれない。この、一般知名度やFC会員数に対してなかなか売り上げが比例しない状況はどうとらえたらいいんだろうって、勝手に私なりに分析や考察をしていたブログ記事を書き進めていたんですけど、それももう捨てます。消します。バカバカしくなってしまった。そんなことファンが考えたって何ともならないのに。公開する前で良かった。

もうやめよう。ちょっと期待を押し付けすぎた。ちょっと入れ込みすぎた。

ちょっと、好きになりすぎた。

自分がどんなに願ったって、直接話したこともない他人の意識を変えることなどできない。想いを乗せすぎてはいけない。あくまでも冷静に、冷静に。遠くからそっと見つめるような気持ちで。

そう、私は常日頃から言ってるじゃないか。「ジャニオタと一般人の中間地点」って。年を食ってからジャニーズの世界に足を踏み入れた私は、若いころからジャニオタの方とはきっと根本的に考え方が違う。同じにはなれない。私はジャニオタではないし、キスマイ担でもない。普通の人よりちょっとキスマイが好きな程度の一般人。

キスマイのことを支えることができているなんて思ったことはない。さっき、「去年発売された円盤は全形態買ってるのに」とか言っちゃったけど、私一人がCDを買おうが買うまいがぶっちゃけどうなるわけでもあるまい。キスマイのことはファンでもなく、支えているのでもなく、言っちゃえば「観察対象」だ。

私が彼らに惹かれた理由の一つが、こんな時代に「国民的人気者になりたい」と公言しているところだった。現代は昔に比べて、人々の趣味が細分化し、テレビだけではなく、インターネット配信のような番組も充実し、どう考えても「国民的人気者」というものが生まれる土壌がなくなってきている。それでも愚直に「国民的人気者」をどうやって目指すのか、とても気になったし、その意気込みに強く惹かれたんだ。そうだ、その過程を遠くから観察すればいいんだ、観察対象だ、よしそれでいこう。

あくまでも観察対象だから、CDやDVDも研究の一環だし、私が何を言おうと本人達に影響はないし。結局本人達の問題やグループの問題は内部で解決してもらうしかないし、今回のことをうまく乗り越えられず、徐々に売り上げが落ち、勢いが落ち、緩やかに下降していってしまったとしても、それを見届けるのもまぁ、研究の一環かな、みたいな……。

そうすればもう、過度な期待を押し付けてしまうこともないし、傷つくこともない。一歩引こう。

ちょっと好きになりすぎた。 

 

……はぁ……。

本当はわかっていますよ。好きの度合いを自分で調整できたらそんな楽なことはない。「好きになりすぎてはいけない」とか思っている時点で、まだまだ好きだってこと。

「こんなことで悩みたくない」とか言ってる時点で、だいぶ悩んでいるってこと。

頭と心というのは一致するものではないということ。

色々言ってますが、、こうやってもどかしくてヤキモキしてしまうこの感情も、ファンにできることなど何もないとわかってるのにそれでも何かをしたくなってしまう衝動も、「これこそがアイドルを応援する醍醐味だよな」などと、この状況を妙に客観視してしまう私がいる。

そう、これでも誰かを好きになるのは辞められない。

はぁ、懲りないね、私も。

 

ごちゃごちゃ考えていることも全部吹き飛んで、楽しいから好き、楽しいからもっと見続けたいって、シンプルにそう思える日が戻ってくるといいな。どれくらいかかるかな。

 

*1:http://mgmcnlife.hatenablog.com/entry/2015/10/21/011000

*2:まぁ、恋愛が悪事なのかって言ったらそうじゃないのですが、例えとして

*3:2回言うところがあきらめの悪さを感じさせられますね・笑

わたしの道しるべ

(本記事は、舞祭組のシングル『道しるべ』の初回A・初回Bに収録されている特典映像の内容に言及しています。ご了承の上お進みください。)

 

2017年1月4日に発売された、舞祭組の4枚目のシングル『道しるべ』。これまでの3枚のシングルは中居正広が作詞・作曲を手掛けていたが、今回は舞祭組4人がセルフプロデュースで楽曲制作を行った。その初回生産限定盤Bには、『舞祭組10days合宿ガチドキュメント』と題して、4人が10日間、文字通り寝食を共にして、合宿で楽曲制作に取り掛かった様子が収録されている。

その初回Bの特典映像は、舞祭組4人が会議室に呼び出されるところから始まる。そして、顔は映っていないが、avexのスタッフさんが彼らに語り始める。2015年のコンサート中に中居が乱入して舞祭組のアルバム発売を発表したこと、その後中居とも何度か打ち合わせをしたこと、けれども、現在はその話を進めるのが難しいこと。そのため、舞祭組を今後もやるのかやらないのかも含めて、決断は全部4人に任されたこと。

それを聞いて二階堂さんは話し始める。「なんかさ、舞祭組で番組に出たときにさ、(アルバム)作ってくださいよって言ったんだけど、『それどころじゃねぇよ』みたいな感じで言われちゃって」。それを聞いて千賀さんが伏し目がちに続ける。

「それは冗談だって思ってたんだけどね…」

私はここで、いたたまれなくなって、DVDの再生を一旦止めてしまった。天を仰ぎながらため息をついた。

あぁ、ついに、この日が来てしまったか。

 

もしかしたら、他のグループのファンの方にとっては意外なことかもしれないけれど、実は、Kis-My-Ft2は、一度として、オフィシャルにSMAP解散について言及したことがない。雑誌や、ジャニーズウェブ内のブログで、なんとなくこの諸々を示唆しているんだろうなと思うような記載はあっても、直接語ったことは一度もない。他のグループでは、ニュースやワイドショー番組に出演しているメンバーがいる場合は、その人が番組内でコメントしている。また、2016年の紅白歌合戦に出場していたジャニーズのグループは、そのリハーサルの囲み取材でコメントを求められている。キスマイはそのどちらにも該当しない。そういう機会があるとすれば、舞台の発表記者会見だろうけれども、9月のDREAM BOYS、12月のジャニーズオールスターズアイランドの際も、キスマイのメンバーがSMAP解散にコメントを求められた様子はなかった。(もし、私が知らなかっただけで、コメントがあった場合は本当に申し訳ありません。その際は教えていただけるとありがたいです。そして私の情報収集能力の低さを笑ってください)

その状況を、「キスマイにはコメントする機会すら与えてもらえないのか」ととらえる方もいらっしゃったようだけれど、個人的には、キスマイには何も言ってほしくないと思っていた。以下は8月の私のツイート。

 

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我ながら頭がおかしい。ちょっと何言ってるかわからない。今思い返してみても8月の後半は一番頭がおかしかった。

でも、この私の気持ちが通じたかのように、彼らは一年間沈黙を守り通した。

何度も言いますが、私の情報収集能力が低くて本当はオフィシャルで言及していた場面があったら申し訳ありません。どちらにしろ私は、この時まで、キスマイが、SMAPの諸々のことについて直接言及している姿を見たことがなかったのです。そう、千賀さんが「その時は冗談だって思ってたんだけどね」という日まで。

ついにこの日が来てしまった。彼らがその事実を知らないわけなんてない。けれども、知ってるんだっていうことを自分の目で確認してしまったことのショックは大きかった。でも、わかってる。頭ではわかってるんだよ。だけど頭と心が一致しない。

SMAP解散が確定していない世界線で生きているかのように振舞ってほしい」なんて、無理に決まっている。

だって、そうだったら、「道しるべ」という曲は生まれなかった。

 

 

話は少し前に戻る。

私がこの曲を初めて聴いたのは、2016年の12月26日だった。確か、当日に突然の告知で、文化放送の「レコメン」内で本日初解禁するよという告知があったと記憶している。

その日はスマスマの最終回だった。放送前から、納得なんて絶対できないだろうなと思っていたんだけど、最後の「世界に一つだけの花」を見て、中居の姿を見て、それは想像していた以上の納得できなさだった。疑問と無念さと遣る瀬無さばかりが残る。これで終わりだって言われても信じられなかった。

その直後に、いろんな思いに包まれながらも聴いた「道しるべ」。あまりの直球な歌詞にびっくりしてしまって。聞いた後にうまく言えないけれど、「つらい」「本当につらい」しか言えなくなってしまった。

率直な感想としては、「そこまで背負わなくていいんだよ」というのが一番の気持ちだった。ここまで直球な歌を作ってくれたことは、いちSMAPファンとして嬉しかった。けれどもそれ以上に、「ここまでする必要があるのだろうか」と思ってしまったことも事実で。だって、これから彼らに色んな声が飛んでくるかもしれない。例えば、「SMAP解散に便乗している商法だ」って思っている人もいるかもしれない。例えば、「私はSMAPがこれで終わりだなんて思っていないのに勝手に終わらせるな」って思っている人もいるかもしれない。本人達は純粋な気持ちだったとしても、どうやったって厳しい意見は飛んでくる。彼らにそういう思いをさせてしまうのも、なんだか申し訳ないなって思ってしまったのだった。一体誰目線なんだよって話だけれども。

そこまでして重い荷物を背負う必要があるのだろうか?

 

ずっとそう思っていた。けれど、初回Bの合宿ドキュメントで、楽曲制作に取り組んでいた姿は、ワイワイ大騒ぎして、ちょっぴりおバカで、それでも全力で。もちろん、この特典に入っている姿は本当に一部だし、カメラに映っていないところでは、大変なことも、きついことも、きっといっぱいあったと思うけれども。それでも、彼らのいいところが全部出ていたし、思っていたよりも軽い雰囲気だったので、それを見ることができて私の心も少し軽くなった。

それに続いて見た初回Aの、ミュージックビデオメイキング映像。撮影の裏側を見せていく途中で、4人に率直な「舞祭組への想い」をインタビューする場面がある。その時に、千賀さんは穏やかな笑顔で、こう語った。

 

ホントに嬉しいね。うーん。なんか、正直言うと、もしかしたらこのままなくなっちゃうんじゃないかとか、個人的に何もわからなかったから、ホントにすごい不安だったし…。でもこうやって、まぁ…まぁいろいろあったけども、まぁこうやって再スタートできて、ホントに幸せ。良かったなぁって。だから、今日のPV撮ってる時も、ホント何回か泣きそうになったもん。

(中略)

舞祭組っていうグループを組ませてもらって、他のジャニーズのグループにはない、すごい、こう…振り幅を感じたのね。「あぁ、これは俺達にしかできないものになるな」。すごい、この先大きな糧になるし、自分の中ですごい…大切な存在だなぁって。

 

 ……圧倒されてしまった。もう、ごめんねって思った。穏やかな笑顔で、だけどはっきりとした口調で、ストレートに思いを伝える姿。色んなことがあって、色んな思いがあっただろうに、「ホントに嬉しい」「ホントに幸せ」という言葉で、すべてを包み込んでしまう。

いろいろと厳しい言葉を投げかけられてしまうことなんて、本人はきっと承知の上だ。それでも、何をおいても、「嬉しい」「幸せ」という言葉が最初に来るんだね。強いね。本当に。私なんかが「彼らが色々言われてしまって大変だ」なんて、そんな心配は無用だよね。

千賀さんが大丈夫だって示してくれた。私が初めて道しるべを聞いて、「彼らが重い荷物を背負いすぎるのは心苦しい」って思っていたことに対して、本人が「幸せだ」ってハッキリ言ってくれた。だから、これで解決した…はずだった。

 

……それなのに、この気持ちはなんだろう。

自分が懸念していたことは解決したはずなのに、言い表しようのない苦しさ。道しるべを聞けば相変わらず、いい曲なのに「つらい」という言葉しか出てこない。この気持ちは何なんだろう。

そこで私は、改めて、自分の気持ちに向き合わなければいけなくなったんだ。他の人がどう思うかってことではない。結局、自分がどう思うかってことなんじゃないのか。「道しるべ」を聞いて、自分はどう思うのかを、ちゃんと考えなきゃいけないんじゃないのか。

本当は、どうしてつらいのか、最初からわかっていたくせに。

スマスマの最終回を見て、こんなのが最後なんて嫌だって思った。けれどもその直後に聴いた道しるべの歌詞で、本当にこれで終わりなんだって実感してしまった。時間ってもう戻らないんだって思い知らされてしまった。それを他の誰からでもない、彼らの言葉で聞いてしまった。それがつらかったって、わかっていたくせに。

「『これで終わりだなんて信じたくないのに勝手に終わらせるな』って思っている人もいるかもしれない」だなんて、見えない誰かのせいにしている場合ではない。本当はその言葉を言ってしまいたいのは、他の誰かではなく、今の自分だって、わかっていたくせに。

気付かないフリをして逃げようとしても、もう他人のせいにはできない。

 

頭と心が一致しない。

もう時間は戻らない。SMAPの5人の新しい道を応援するべきなんだ。頭ではわかっている。けれど心がついていかない。そんな中で発表された道しるべは、少々私には刺激が強かった。これが正解なんだってわかっている。だけど心がついていかない。そして、そんな私は「正しいファン」ではないのではないかなって思ってしまった。

だって、どう考えたって、舞祭組が言っていることのほうが圧倒的に正しい。「大好きな人が決めたことだから受け入れるよ。泣いたって仕方ない」っていうあまりにも強い言葉、圧倒的な正しさだ。これ以上の正しさはない。

どう考えたって、2016 年の後半に、「あ~つら……」「は~つら……」「生きるってしんどい……」などと言うだけだった私より、色んな気持ちがあろうともそれを整理して曲にしてまとめ上げた彼らの方が、圧倒的に正しい。

でも、時として、正しいことがすべて受け入れられるわけではないんだなっていうことも実感した。彼らと同じように思えない私は、置いて行かれてしまっているような気持ちになった。

圧倒的な正しさの前に、私は無力だった。

 

そんな私に転機が訪れたのは、1/22のAIR-G公開録音の放送だった。舞祭組は道しるべが発売された週に、全国各地を回って、地元のテレビやラジオ番組の公開収録を行っていた。AIR-Gは北海道のラジオ局で、私はradikoを使ってその放送を聴くことができたんだけれども、これがまたすごい放送で。1時間全部舞祭組だけ。じっくり話を掘り下げてくれて、楽曲のことや合宿の裏話などもたくさん聞くことができた。そして、今までの舞祭組のシングル4曲すべてを流してくれるという、嬉しすぎる心遣いだった。素敵な番組だったなぁ。

ちょっと話が逸れたけれど、そう、その放送の時に、横尾さんが、「この曲を聴いた人は感じ方がそれぞれ違ってもいいと思うし、違ってもいいように作った」という感じで言ってくれたんだ(すみません、録音していなかったので超うろ覚えで申し訳ないです)。

「感じ方が違ってもいい」という言葉、きっと横尾さんが思っていることと、私が思っていることはちょっと違う。多分横尾さんは、この道しるべの「大切な人へ向けた歌」っていうコンセプトを、その大切な人は特定の人じゃなくて誰でも、それぞれの大切な人に当てはめていいよっていう意味で言ったんだと思うんだ。だけど、私には、その「感じ方が違ってもいい」という言葉が本当に深く染みた。彼らと同じように思えない自分はダメだって、勝手に思い込んで追いつめて。そんな自分を解放してくれたように思えた。

人が物事を受け入れるのって、感情の問題だから、頭ではわかっていても、本当に受け止めるまでに時間はかかる。差は出るよ。でも、いつかは心から納得して次に進みたいって思ってはいるんです。

こんな気持ちも、わかってくれますか。私のこと、待っててくれますか。

 

私は、スマスマ最終回の直後にこんなツイートをした。

 

 

twitter.com

 

なんか、すっごい偉そうなことを言っているけれども、他人事のように言っているけれども、でも後から考えたらこれって、別に本人達だけじゃなくて、みんなに言えることなんじゃないかって思ったんだ。

私はSMAPができた後に生まれたので、SMAPがいない時代を生きたことがない。でもそれだけじゃない。この世界に、SMAP解散した後の時代を生きたことがある人は誰もいない。

なんでこんなことにって今でも思うし、どこかにSMAPが解散しなくてもすむような世界が存在してたんじゃないかって思うし、それでも、それでもさ。

SMAP解散してもさ、生きていかなきゃいけないんだよね、私たち。

これから先もずっと。

SMAPが解散していない世界で生きているかのように振舞ってほしい」なんて、私の思考がいかに浅はかだったことか。そんなユートピアは存在しない。

彼らが今いるのは、泥臭くて残酷な現実だ。

彼らが戦ってるのは、どこまでもどこまでも現実だ。

 

これからも一緒に生きていきたいの。

SMAPが解散している世界でどうやって生きていくか、私もわからないけど、きっとあなたたちだってわからない。

それでも前に進みたい。どうやって生きていくか、あなたたちを見ながら進みたいんです。

あの「大切な人」は、みんなの道しるべだったと思うけれど、私にとっては、キスマイが、舞祭組が、その姿が、道しるべのように思っています。

私の道しるべに、なってくれますか。

 

わかってます、わかってます、彼らにここまで求めるのは良くないと思っています。だから自重します。だけど、どうしようもなくつらくなった時、泣きたくなった時、頼ったり甘えたりしてもいいですか。

頭では、良くないとは思っています。だけど、彼らには、こんな気持ちも受け入れてくれるような強さもあるように、心では感じてしまうのです。

やっぱり、どうしても、頭と心は違うのです。

 

ジャニーズ楽曲大賞2016に投票してみました

今年も投票してみました!

ジャニーズ楽曲大賞2016

 

<楽曲部門>

1位:I Scream Night

楽しい時間にいつか終わりが来ることはみんなわかっていて、でもそれに気がつかない振りして歌い踊る。 「終わらせたくない」けれど終わらせないことはできないから、せめて最高の終わりにするために歌い騒ぐ。アゲアゲな曲調の中に、どうにも抗うことのできない切なさが浮かび上がってくる名曲。2016年のコンサートの最後に歌ってくれたことで、キラキラで切ない最高の夏の思い出になった。一生忘れられない。

 

2位:Flamingo

心地よいミディアムバラード。夕暮れ時のバーで静かに飲んでいる男女2人を想像しながら聴いていた。大切な人に想いを伝えたいのに伝えられない、好きだからこそ躊躇ってしまう、そんな様子を描いた大人の楽曲は、きっとこの年齢だからこそ挑戦できるもの。キスマイの7人も、この曲のように好きな人のことを想うことがあるのかな…などと勝手に想像して、勝手に愛しく切なくなる。

 

3位:Re:

いつも一方的に想いを伝えているファンからアイドルへの矢印を、アイドルが自らこちらへ向けてくれるとは。しかも、全員でファンへ向けた手紙を書いて、全員で吟味しながら取り上げるフレーズを選んで歌詞にしてくれる。北山さんが「抱えきれないほどの愛を感じている」と言ったように、こちらも抱えきれないほどのありがとうの思いを受け取らせてもらいました。

 

4位:MU-CHU-DE恋してる

ガツガツ激しく踊るクールな楽曲、Gravityのカップリングで、こちらは対照的にキラキラかわいいアイドルソング。キスマイといえばギラギラした曲というイメージがあるけれども、それを大切にしつつ、こういうポップで明るくてハッピー全開な曲もできる、どんな色にもなれるところがキスマイの魅力だなと思う。

 

5位:70億分の2

歌詞だけを見ると、男性が恋人の女性に歌っているように感じられるけれども、これを二階堂さんと千賀さんが歌うと、もうお互いのことを歌っているようにしか思えなくなりませんか。二階堂さんの「いつも心にいてくれるから そっと明日を迎えられる」という部分は、今回のツアーのパンフレットで二階堂さんが千賀さんに向けて言った言葉「ずっと隣で見ているよ」を知ると、一層味わい深いです。ただ、ここまで言っておいてなんなのですが、千賀さんの「今日も幸せだったかい 小さな幸せでいい」という言葉だけは、自分宛のように感じてもいいでしょうか。毎日仕事終わりに電車でこのフレーズを聞いて、自担に「今日も幸せだったかい」と聞いてもらって、それだけで嫌なことも浄化されるような気がします。

 

 

<現場部門>

Kis-My-Ft2 CONCERT TOUR 2016 I SCREAM

ツアーの日程が夏に集中していたので、あらゆる演出を使って「夏の風景」を表現していたところがとても楽しく、印象深かった。夏の日に爽やかにドライブしているような…みんなでパーティーをしているような…夕焼けを見ながら黄昏ているような…。歌とダンスはもちろん、ワイヤーや和太鼓やキスマイジェットなど、ジェットコースターのように激しく移り変わる様々な仕掛けは、あらゆるエンタメの最先端の要素をぎゅぎゅっと詰め込んだような感覚。夏のいろいろな表情を楽しむことができました。

 

 

<MV部門>

Get Ready

千賀さんが「今までで一番幸せ」と言うほど、やりたいことを詰め込んだMV。憧れの方と一緒に踊り、MVのカット割りも考え、今できる本人の最大限の努力と魅力がつまっている。ロサンゼルスをイメージしたような最高のロケーション(実際は日本)で、青い鮮やかな色のスーツで踊る千賀さんという映像の美しさもさることながら、やはり見せ場はダンス。基本引きで撮ってくれているので、ストレスなく余すところなく楽しめる。

 

 

<ベストバイ部門>

SMAP 25 YEARS

他のグループのファンの方にとっては、知らない曲も多いだろうと思います。でもそれでもいいので聴いてみて頂きたい。きっとあなたの人生の中で一度は触れたことのある曲があるはずだと思います。街で流れていた、学校の卒業式で歌ったことがある、オリンピックの時これ聴いたな…。なんでもいいです。あなただけの想い出を発掘し、大切にして頂きたいです。どうか届きますように。

 

 

<担当アンケート>

千賀健永

 

 

(ちなみに去年のはこちら)

mgmcnlife.hatenablog.com

 

 

(夏のキスマイ限定楽曲大賞のときはこちら)

mgmcnlife.hatenablog.com